鈴木 達彦, 平崎 能郎, 南澤 潔, 並木 隆雄
日本東洋医学雑誌 75(1) 1-17 2024年1月
腹診は日本で独自に発達した診察法であり,日本漢方を特徴づけるものの1つである。江戸時代に流布した『腹証奇覧』は,『傷寒論』と『金匱要略』の処方を中心に,腹診図と所見を述べている。本研究では,現存する『腹証奇覧』の各種版本について調査を行い,版種の違いによって腹診図や所見が異なることが明らかとなった。各種の版本については,巻初の扉と巻末の年紀の違いによって,享和年間以前の版と文化版とに分かれる。現在一般的に通行している影印本は文化版に基づいているが,両版の間には腹診図と所見に大きな改訂がある。『腹証奇覧』には正編と後編が存在し,享和年間以前の版と文化版の違いは後編に顕著である。『腹証奇覧』の著者である稲葉文礼は,文化2(1805)年に没しているため,文礼が文化版の編纂に関わった可能性は少なく,文化版の校正に影響をおよぼしたのは,文礼の弟子の和久田叔虎と推測される。(著者抄録)