百原 新
分類 8(1) 39-45 2008年 招待有り
第三紀鮮新世後半の約300万年前を境に,北半球に大陸氷河が発達し始め,氷期-間氷期の気候変化が激しくなった.ほぼ同時期に,日本がアジア大陸と切り離された島になったが,この時代以降の環境変化に伴って,日本列島固有のフロラや植生の形成が促進されたと考えられる.日本に分布する約5,600種の維管束植物のうち,約35%にあたる1,950種が日本の固有植物で,日本は地球上で固有値物の多い地域の一つになっている(Mittermeier et al.2004).日本の植生で優占する植物もシラビソ,オオシラビソ,コメツガ,モミ,スギ,ブナ,イヌブナなど,日本の固有種が多い.第三紀以降の環境変遷史を北半球の他の温帯地域と比較すると,日本列島は植物の種多様性の維持に適した地理的位置にあり,しかも第四紀の環境変化も種の分化を促進させる要因になったことがわかる.たとえば,第四紀の氷期には大陸氷河の影響を受けず,海に取り囲まれて比較的湿潤温暖な気候下にあったために,氷期-間氷期の気候変化も極端ではなく,気候変化に伴う植物の移動が大きくなかったことが北半球中緯度の他地域と異なる.また,第三紀末から第四紀に山地や盆地,海峡といった地形の形成が活発に起こり,それらが気候の地域差をもたらし,植物の移動の障壁にもなったことも重要である.日本列島は,新第三紀以降に地殻変動が極めて活発に起こったために地層の堆積速度が極めて速く,地層の対比編年に有効な火山噴出物が豊富に含まれている.しかも,日本各地には第三紀末から第四紀にかけて連続的に堆積した地層が広く分布し,そこには,保存状態のよい種実類や葉,花粉などの植物化石が豊富に含まれている.したがって,層序学的位置が明らかな植物化石資料を集積していくことで,フロラや植生の時間的・空間的分布変化を明らかにすることができる.植物化石を含む日本の鮮新・更新世の地層は,地層の編年・対比が極めて詳細に明らかになっている.地層の堆積速度の速さと,時間的・空間的連続性を考えると,地球上の他地域の地層よりもはるかに高い精度で,植生変遷や地理的な分布の変化を解明できるフィールドである.ここでは,これまでの地質学的・古生物学的資料から,第三紀末から第四紀にかけての中部日本を中心とした日本列島の古地理変化を概説したうえで,植物化石記録から明らかになっているフロラの変遷について述べる.