荻山 正浩
社会経済史学 75(4) 389-411 2009年 査読有り
戦前の日本では,労働市場の動向には著しい地域差が存在し,なかでも後進地域の労働供給の動向は未解明の問題として残されている。そこで本稿では,工業化が進展せず農業生産力も相対的に低位にあった秋田県北部に焦点を当て,第一次大戦期前後の家事使用人の雇用動向を分析し,労働供給の動向がどう変化したかを明らかにした。第一次大戦期以前の秋田県北部では,家事使用人の雇主は下層の娘たちを働き手として容易に雇用でき,その給金は一向に上昇しなかったから,労働供給は無制限的であった可能性がある。だが,この地域では,第一次大戦期以降,稲の反収が急速に上昇した結果,下層の農家は,娘たちを世帯内にとどめ,耕作規模を拡大すれば,彼女たちを奉公に出すよりも多くの収入を得られるようになった。そのため,家事使用人の雇主は,人手不足に見舞われ,給金を大幅に引き上げて働き手を雇入れる必要に迫られた。このことは,後進地域では,農業生産力の上昇に支えられた地域内の経済発展によって,農業部門から非農業部門への労働供給が制約され,制限的労働供給が顕在化したことを示している。